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2004-03-11

_ ArsでのCasey氏の講演

海外のサイト、kopenhagen.dkにCaseyReas氏のArs Electronicaのシンポジウム、"Code. In Conversation with Casey Reas."についての内容がアップされていたので、僕が面白いと思ったところをかいつまんでおおまかに訳してみました。特にProce55ingに関することとCasey氏がどのような経緯でプログラミングを覚えたのかというてところに注目しています。訳の質は相変わらずなので、そのあたりは適宜原文を参照してみてください。

2005/5/29 追記 原文へのリンクが変更されていたので修正し、訳した文章が埋もれていたので復帰させました。

Q:MITに行く前には何をしていましたか?

私が以前にしてたのは、ええと、たくさんのことをやっていました。私はニューヨークでグラフィックデザイナーとして働き始めました。私はビジュアルコミュニケーションデザイナーで、いつもシステムの設計に注目してました。実践的でした。私は本と印刷システムのデザインを基本的にやっていて、そのことはととも簡単にインターネットのデザインに導いてくれました、なぜならそこはまだシステムの設計をやっていて、でもそのデザインの手法は印刷の手法よりほんの少しだけダイナミックなものでした。そのとき私はもっと流動的でダイナミックにしたくて、そのことがソフトウェアを書くきっかけになりました。それで、デザインのシステムが少しずつ進行していくということはは変化のないことでそのことはよりフレキシブルで、そして今、ソフトウェアのシステムはとても反応が良くなり、とても流動的でたくさんの探求する側面があります。

Q:そのときはプログラミングをしていましたか?

いいえ。私は四年前からプログラミングを始めました。ひょっとしたら今で5年まもしれない。

Q:おそらく、あなたが大きな望みをもっているプロジェクトのうちの一つが、アルスエレクトロニカで注目されたProcessingなのでしょう。これはBenFryと一緒に開発しているソフトウェア開発環境とプログラミング言語です。いつつからはじめ、そしてなぜこのプロジェクトをはじめたのですか。

私たちは確か2年前からこのプロジェクトを始めました。確か実際は5年間はプログラムを書いてました。はは。時が経つのは本当に早いね!Benと私は両方とも私たちのソフトウェア作品の先生で、私たちは本当に今のソフトウェア環境がその手の作品をつくるのにいらいらさせられました。誰も私たちの作品の手法のような方法でつくるためのソフトウェア環境をデザインしていなかったので、それでそういうわけでそれを作り始めました。私たちはいつもCやC++、JavaとOpenGLで制作していました。それらの環境は複雑すぎます。それらはすべてのことをするために挑戦していて、それでそれらは使うことが本当に難しかった。そして私たちはちょうど私たちが作品をつくるために特別な調整がされているものが必要でした。それで例えば私たち言語では、私たちはどのプログラミング言語よりよりシンプルで色のコントロールがやりやすいものになっています。それでそれらは私たちが重要だとみつけたことをデザインすることに特化しています。

Q:私はGolanLevinにジョン前田の言葉を引用した、「あなたがほかの人のソフトウェアをつかっているときは、あなたはそのほかの人の中の夢の中にいるんだ」ということをいわれました。あなたはこの話を知っていますか?そしてProcessingのユーザはあなたの夢の中にいるのでしょうか?

私は直接的にその言葉のことは分からないが、それは理解できる。一般的なものから特化したものまで沢山の段階のソフトウェアがある。ソフトウェアがより特化するにつれて、その可能性は限られていく。Processingはとても一般的で、ほとんどソフトウェアの可能性の上での制約をつけていない。多くの観点において、ProcessingはJavaとOpenGLの夢の中いる。それはソフトウェア明らかな革命というよりは考え方のコラージュなのです。


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